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マスコミのあり方に疑問!

2004 年 2 月 25 日(水)22:15 | 日記 | No Comments |

近頃、イラク派遣隊員の無事を祈りる「黄色いハンカチ(リボン)運動」に色々な意見が出ています。(本日の北海道新聞にも書いてありましたが・・・)

アメリカの南北戦争では、兵士の無事を祈って、市民が黄色のハンカチやリボンを付けていたという歴史があるそうですし、また、一番先に思い浮かぶのは、山田洋次監督の「幸せの黄色いハンカチ」という、刑務所に服役している夫(高倉健)を家族が黄色いハンカチで家を一杯に飾って帰りを待っていた映画でしょう。


その意味からも、兵士の無事を祈っている人が、その隊員の無事を祈って「黄色いハンカチ(リボン)」を飾ろうと言う人が出てきたことは、本当に素晴らしいことだと僕は思っていました。

派遣に関しては賛否両論あろうとは思います。しかし、国民が選んだ国会議員で構成されている国会が「派遣」を決めたのですから、派遣を前提に(例え、その派遣に前向きに賛成ではないとしても)国全体でその隊員の無事の帰還を祈ってあげるべきだと思うのです。

今月始め、旭川で行われた「イラク派遣群隊旗授与式」で旭川に行ったときも、町の至る所に黄色いハンカチが飾られていって、これを見て派遣される隊員は勇気づけられているのではないかと思いました。

また、私も胸に黄色いリボンを付けて意思表示をしていますが、近頃の黄色いハンカチ運動に関しての議論を見ていて、怒りを通り越して情けない気持ちになっています。

今日の北海道新聞の朝刊の「卓上四季(一面の一番下のコラム)」を読みましたが、そこには、『「幸せの黄色いハンカチ」の山田監督が「この映画の黄色い ハンカチは夫婦愛を表現したもので、戦争の派遣隊員に対するものに使われることに違和感を感じる」といった内容のコメントを出したこと、そしてその監督の 意見はもっともである』いうようなことが書かれていました。

なんなのでしょう?山田監督の映画の遙か前に、アメリカの南北戦争では「黄色いハンカチ」が使われていたのです。その題材を自分の映画に使っておきなが ら、他の人が善意で行っている運動を批判するようなことができるのでしょう?「黄色いハンカチ運動」は自分の専売特許だとでも考えているのでしょうか?も し、自分で考えたとしても、その前にそういう使われ方をしていたという事実があるのですから、本来なら「映画の中の黄色いハンカチ」の使われ方自体が違和 感のあるものであったはずです。また、マスコミも明らかにおかしいのではないでしょうか?何故、このようなことをおもしろおかしく取り上げるのか不思議で なりません。映画監督が何を言おうが、派遣の善悪やイデオロギーを越えた次元で、善意の人達が、隊員の無事だけを祈り純粋にはじめたこのような運動に水を 差す権利がどこにあるのでしょう?

今の日本はどこかおかしいと感じずにはいれらませんが、この問題一つとっても、「日本国」は、日本の将来を背負って危険な任務に就く隊員を国民全員で送り出してあげられない、隊員の無事を祈る運動にまで難癖をつける人たちがいるという情けない国になってしまいました。
このことを本当に悲しく思います。私は、近頃のマスコミのありかたについては疑問をずっと持っていたのですが、その疑問はさらに大きくなってしまいました。

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