プロフィール
小野寺まさる
昭和38年8月10日 帯広生まれ (血液型:A型)
お酒はほとんど飲めず、タバコも吸いません。
座右の銘
ピンチはチャンス
趣味
読書・音楽鑑賞・庭いじり・クラシックカー・手芸(ビーズ細工)
学歴
【帯広市立緑ヶ丘小学校】
小学校時代は、水泳、野球(リトルリーグ)、空手など、スポーツばかりをしていました。小学校6年生の時には児童会長に立候補し、人生初の選挙に勝利をしました。
【帯広市立第五中学校】
中学校では、サッカーに熱中しました。小学校と同じように「スポーツ中心」の生活でした。
【北海道立帯広柏葉高等学校】
高校時代も「勉学そっちのけ」という姿勢は変わりませんでした。ポピュラーソング研究会の部長となりバンド活動ばかりをしていました。
【アメリカウイスコンシン州立大学】
柏葉高校卒業後、同大学のオークレア校に留学。海外に多くの友達を得ました。留学時代には、無謀にもワーゲンビートルに乗ってアメリカ大陸を横断するなど、青春を謳歌しました。留学期間中に自分が外の国から日本という国を見ることができたという経験は、今の自分にとって「かけがえの無い財産」となっています。日本他の国に比べ「いかに素晴らしい国」であり、同時に「いかに変わった国」であるのかを知りました。自分が日本という国を本気で愛するきっかけとなったのは、この海外留学でした。
【国立小樽商科大学】
日本に帰国し、同大学へ入学しました。大学ではゼミで「国際経済学」と「国際貿易論」を学びました。高校時代に全く勉強しなかったツケが回ってきてしまい、猛勉強をするハメになりました。テスト時期が近づくと「図書館の住人」とあだ名が付く程、小樽商大の図書館に入り浸りました。
ちなみに、健康診断の際は学校で唯一「栄養失調」という理由で再検診をするほど、貧乏な学生生活を送りました。船の荷揚げの作業員、家庭教師、バーテンダー、建設作業員、交通量調査員・・・等々、ありとあらゆるバイトもこなしました。
青年会議所(JC)歴
- 2001年度
- (社)帯広青年会議所 理事長
- 2002年度
- (社)日本青年会議所 規則拡大委員会 委員長
- 2003年度
- (社)日本青年会議所北海道地区協議会 会長
- 2004年度
- (社)日本青年会議所北海道地区協議会 直前会長
役職など
道議会関係
- 水産林務委員会
- 食と観光対策特別委員会
所属議員連盟(北海道議会)
- 消防議員連盟
- IT推進議員連盟
- 文化・音楽議員連盟
- 北海道森林・林業活性化推進議員連盟
その他所属会議
- 北海道議会JC議員懇話会
- 北海道議会自民党日本ハムファイターズを応援する有志の会
自由民主党北海道連合関係
- 自由民主党北海道支部連合会 政務調査会筆頭副会長
- 自由民主党北海道第11選挙区 副支部長
- 自由民主党帯広支部 幹事長
その他関係団体
- 社団法人 隊友会道東連合会 特別会員
- 帯広バレーボール協会 会長
- 帯広ロートルズ 会長
- 道東防衛議員連盟十勝支部 支部長
- 十勝銃剣道連盟 特別会員
- 帯広市国際親善交流市民の会 顧問
- 北海道鉄道OB会帯広支部 協賛会員
- 社団法人 北海道私立専修学校各種学校連合会顧問議員 等
政治信念
僕の道議会議員としての政治信念は「道民の為に」です。
実際に、自分が質問を作ったり政策に対する判断を迫られる時は、常に「道民のプラスになるか・否か」という物差しだけを使います。例外はありません。
僕が議員としてこの信念を貫くことにより、時として他の道議会議員や道職員と僕との間に「大きな軋轢」が生じてしまうことがあったのも事実ですが、僕は政治家として、この姿勢だけは決して変えることなく活動を続けて行きます。
たぶん、僕は道議会の中では出世できないでしょう。それは、議会の中でタブー視されてきた質問も沢山してきましたし、これからもしていくからです。また、特定の議員が嫌がることも質問をしてきましたので、僕を嫌いな議員が道議会の中にも沢山いるのです。また僕は、道議会の自民党議員のどの派閥にも属していないので、それを苦々しく思っている先輩議員もいるはずです。ですので、「華やかな役職はもらえないかもしれない」という点だけは応援してくれている方々にご理解を頂きたいと思っています。
僕には「出世欲」もありませんし、道議会の中で偉くなることにそれほどの魅力も感じておりませんので、このままの姿勢で議員活動を続けて行こうと思っています。
これからも「道民の目線」を忘れず、「道民の為に」おかしな問題はどんどん追求し続けます!
僕の議会での立場や考え方を、最も的確に表している記事は、この記事かもしれませんね・・・。
リンク→財界さっぽろ2008年11月号
