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首長選挙の「マニフェスト」と「夢」!

2010 年 2 月 7 日(日)23:16 | 日記 | 4 Comments |

 いよいよ明日、自民党帯広支部として「市長候補」を決定します。

 さて、最近の首長選挙においては、殆んどの候補者が「マニフェスト」を作っています。僕はこの傾向を歓迎しますし、今後はもっときちんとした「マニフェスト」をベースに、首長候補同士が政策の議論をすべきだと考えています。

 しかしその一方で、僕は「首長選挙においてはマニフェストだけで戦って欲しくない」とも考えているのです。

 僕は「首長候補は、将来の“夢”を語る必要がある」と信じています。そして、“夢”と“マニフェストの政策”をきちんと区別し、“夢”の方は「ちょっと大風呂敷を広げ過ぎかな?と感じるくらいの、有権者にとって分かり易く魅力的なものであって欲しい」と想うのです。

 僕が思い描く理想の首長選挙は、“有権者のハートに火を点ける”位の夢を語れる複数の候補が立起し、お互いが正々堂々と議論し合い、それによって多くの有権者が自分達の地域を真剣に考える選挙”なのです。なかなか難しいのかもしれませんが、こんな選挙であればその地域は将来、素晴らしい地域になるでしょう。それぞれの候補者が語る“夢”が、有権者にとって“魅力的かつ現実的”であれば、それぞれの支持者が、その“夢”について真剣に議論をするはずなのですし、そのことが、住民の心の中に“郷土への愛着や誇り”を生むと思うのです。僕は「その“郷土への愛着や誇り”という気持ちが“市民協働による街づくり”の原動力だ」と信じているのです。

 そして、それぞれの候補者が語る“夢”は、「どの候補者が何を考え、どれくらい郷土を愛しているのか。そして、自治体の舵をどの方角に切ろうとしているのか」といった、有権者が候補者を選ぶ際の“大切な判断材料”にもなるはずです。

 ここ数年、マスコミは「選挙でマニフェストは不可欠だ!」と世論を煽り続けて来ました。しかし、衆院選という「日本で一番大切な選挙におけるマニフェスト」が結構デタラメであっても、それに対する“報道”を余り目にしないのは何故でしょう。

 マニフェストの政策には、必ず“財源の裏付け”が必要なのですが、来年度の国の予算を見る時、「民主党のマニフェストは、偽のマニフェストだった」ことは明らかであり、あれだけ「初のマニフェスト選挙」としてマスコミが騒いだ先の衆院選は、蓋を開けてみると「言った者勝ちの大風呂敷選挙」だったはずです。

 衆議院議員選挙においても“こんなレベル”なのですから、地方自治体における首長の選挙においての政策やビジョンを、「何でもかんでも“マニフェスト”という枠にはめようとすること」は、危険であり意味の無いことなのです。しかし、首長候補の方々にそこまでの意識が無いからなのか、実際には“夢やビジョン”というものと“マニフェスト”をごちゃごちゃにしてしまっているのです。

 僕は、次期帯広市長選に立起されようとする方は「マニフェストとビジョン」をしっかり区別し、有権者に対し“嘘をつかない形”で「正々堂々と議論をして欲しい」と思っているのです。

コメント

  1. ojarumaru より:

    まさる道議、お疲れさまです。
    なるほど、マニュフェストとビジョンは、違うんですね。

    ただ、実際、市政を行う上では、マニュフェストが具体的な
    仕事の指針となるような気がするのです。

    確かに、ビジョンは大切です。目指すものがなければ、
    どの方向に向けて、市政が動くかわかりませんしね。

    でも、いままでの市長選の公約を見てみると、実に
    抽象的で、わかりずらかったのも事実だと思うんです。
    いわゆる、大風呂敷ビジョンでしょうか(笑)

    そこらあたりのバランスをうまく、市民に伝えていただければ
    いいなぁと思います。

    ところで、話はかわりますが、石川議員が、離党するが、職責を全うしたいと
    述べていますが、離党して、個人として国会で、十勝のために職責って
    全うできるのでしょうか?

    道議にこんな質問は、どうかとは思うのですが、よくわからなくて・・・

    議員は、わたしたち有権者と政治を結ぶ大切な架け橋だと思います。
    その橋を通して、私達の要望や意見が政治に反映されるのだと。

    その橋が、議会や省庁で認められなければ、通行止めになってしまう危険は
    ないのでしょうか?

    なんだか、不安です。

  2. 小野寺 まさる より:

    ojarumaru さんへ

    僕は、ビジョンとマニフェストを区別して示さないと、有権者は誤解や混乱をしてしまうと考えています。

    そういえば、マニフェストを示して戦えるのは、「衆院選における政党」と「首長選に立起した候補」だけなのです。それは「マニフェスト」には予算的な裏付けが必要なので、予算編成権を持っている者でなければならないからです。

    つまり、衆院選の候補者も、道議や市議の候補者もマニフェストは作れないのですが、これすらも知らずに「マニフェスト=公約」と思っている政治家が多いのです。悲しいことですが・・・。

    十勝の石川代議士に関して、僕の意見を聞くメールもかなり頂いていますので、この件に関する僕の考え方と対応については、近いうちにブログに書きますね!

  3. より:

    いつもながら小野寺道義の物事に対する考え方には感心させられます。現実路線と夢。確かにどちらも必要なことだと思います。少しでも政治に関心を持ってもらうためにもマニフェストは老若男女すべてがわかる言葉で作成願いたいですね。

  4. 小野寺 まさる より:

    竜さんへ

    いえいえ、僕の考え方なんて「まだまだ」ですよ。それは本当です。いつも、「あっ!そうだったのか!」と、政治家としても自分の洞察力の無さに後から気付くことが沢山あるのです!

    マニフェストに関しては、竜さんのおっしゃっているように「老若男女」の全ての方に分かっていただけるものにする必要がありますよね。僕は、政治家はできるだけ難しい言葉を使わない必要があると思っています。

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