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道議会での質問に対する僕の考え方

2008 年 5 月 27 日(火)10:28 | コラム | コメントは受け付けていません。 |

僕にとっての議会での質問とは・・・

今日から、6月の道議会に質問予定の項目について、質問を仕上げていく作業に入りました。今まで僕が仕入れた情報の裏づけを行う為、正式に役所からデータを取り寄せたり、更に新しい事実を見つけるために動き始めました。

他の議員が質問を作るのにどれ位時間を割くのかは知りませんが、僕は結構時間をかけます。しかし、作成に取りかかったとしても「議会」で質問されるのはその半分にも満たないのです。

質問の作成過程においては、途中でお蔵入りとなってしまうものも沢山ありますし、逆にだんだんパワーアップしていくものもあります。質問を作っている最中で「似たような質問」を別の議員がしてしまうこともあれば、追求する矛先が変わっていくような質問もあります。質問を予定していても、理事者との話し合いの中で、理事者側が問題意識をしっかりと持ち、自分の要求にしっかりと対応するという確約が取れた場合には、質問を取り下げるたり質問のトーンを下げることもあります。

僕にとって議会での質問とは、道政上の問題を解決するための一番有効な手段なのです。ですから、逆に言えば「質問によって得たい結果が担保されるなら質問を取り下げても良い」と僕は思っているのです。議員は最終的には結果を出すことが全てであり、それが道民の為になると信じています。ただ、取り下げて欲しいと理事者が思うような質問を作るためには、質問自体のクオリティーを上げる必要があり、そのためにはかなりの時間が必要なのです。

ちなみに、僕は質問前の意見交換時には、道職員を木っ端微塵に痛めつけていると議会内では思われているようです。確かに道職員に対してかなり厳しい意見交換はしますが、そういう場合は必ず同じような原因があります。

例えば、道職員が問題を問題として認めようとしなかったり、ごまかそうとしたり、真剣に考えていなかったり、あまりにもお役所的な発想でしか行動しなかったり、組織の都合ばかりを主張したり・・・と、結局「道職員が道民の目線で物事を考えていない」という場合に、かなり厳しい口調になるのは間違いありません。しかし、そうではない場合に決して自分は厳しくはないと思っているのですが・・・。

議会で質問できるということは、議員にとっての大きな武器なのです。そしてこの武器をいかに利用して問題を解決していくかが議員としての「存在意義」なのだと僕は思っています。質問作成に時間をしっかりかけることは議員としての責務であり、質問前に中途半端な意見交換しかできないようでは道庁職員に対しても失礼であり、そのような中途半端な質問をすることは道民に対しても失礼なことだと僕は思っています。

僕は、議員と道職員が「真剣勝負」で意見をぶつけ合うことができなければ、北海道の発展はないと信じていますし、今の北海道の状況を考えると、道職員から「厳しい」と思われようが「生意気だ」と思われようが、今こそ本気で議論をしなければならない時だと思っています。

先日、僕は父とゆっくり話をする機会がありしました。その中で父は「自分は議会で厳しい質問を続けてきた。しかし、わざと最後まで詰めることはしなかった。しかし、今になって考えると、そうやって甘やかした結果が、今日の北海道の状況を招いたことは否定できない。本当に反省をしている。」と僕に言ったのです。

この言葉は僕にとって非常に重たいものでした。

道議会議員は、常に「道民の為」に仕事をしなければならないのです。道民のプラスになることが、この仕事の全てであるはずです。であれば「心を鬼にしてでも、道民の為に仕事をすることが自分に課せられた唯一の使命である」と信じて、これからも質問を続けていきます。

自分にとって議会での質問とは・・・道議会議員としての自分の使命をまっとうする為の手段の一つでもあるのです。