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「靖国神社」について

2004 年 8 月 11 日(水)23:10 | 日記 | No Comments |

 今日は、札幌の日帰りです。次回の議会で質問したいことがあり、その件を調べるために札幌の日帰りをしたのですが、やっぱり日帰りっていうのは疲れますね・・・。(しかも、今晩はこれからオリンピックの「女子サッカー」を見るために結構夜更かししてしまいそうです。サッカーが好きで、しかもオリンピックが本当に好きなので、これから寝不足の日が続きそうな予感がしています・・・)

 さて、今日の新聞ですが、「8月15日の靖国神社参拝をどの大臣が行くのか?」という記事が出ていました。多くの人は(特に若い人は)「靖国神社」自体を良く知らないのかもしれませんね。

 靖国神社というのは意外と歴史は浅くて明治2年に出来たのです(厳密に言うとこの時はまだ「靖国神社」ではなく、前身の神社でした)。この神社では、「名もないただの国民」を「神」として祀るという、今までにない形の神社でした。日本という国のために多くの名も無き人が命を落とした時代でした。その時代、「日本の為に命を落とした人」の為に「生き残った国民」が感謝を込めて「英霊」として敬うのは当然であると考えられたわけで、今でもその考えは正しいはずです。


 では何故、これだけ揉(も)めるようなことになってしまったのか?ですが、戦時中は靖国神社は「海・陸軍省」の管轄だったのです。つまり政府の管轄であり、「国家施設」であったと言えます。当時は、靖国神社は「宗教」ではなく「国家施設」としてとらえられていたので、国としてこれらの英霊に政府として敬意を表することに誰も異論を唱えませんでした。それは、国のために命を落とした方々にしっかりと敬意を表することは「国」として「政府」として当然であり、多くの国で行われていることなのです。

 しかし、日本は戦争に負けてしまいました。アメリカの進駐軍から「靖国神社」を今後どうするかは日本に任せられました(やはり、日本の為に命を落とした方を祀ってある施設として進駐軍も「靖国神社」に敬意を表したのだと僕は思っています)。当時、「国家施設」として残すという意見が多かった中、「靖国神社」は宗教法人となる道を選択しました。宗教法人となると、別の宗教を信じている人にしてみたら「そこでは祀られたくない」という話になりますし、政府と宗教の分離の原則にも違反してるということも言われたりするのです。僕は靖国神社は、「国が管理する施設にして宗教法人にはしない」という選択肢が正しかったのではと思っています。 

 また、近隣諸国は「A級戦犯」を祀っているからけしからんという抗議をしてきます。確かに「A級戦犯」かもしれませんが、あの軍事裁判の有効性自体に大きな問題がありますし、何と言っても、戦犯であっても罪は死刑をはじめ償ったのですから、日本のために大いに働いて死んだ方を敬うことに問題は感じませんし、国として誰を敬うかはその国民が決めることで隣の国からとやかく言われる筋合いはないと思っています。

 ともあれ、8月15日にまた、色々な報道が始まるでしょうが、やはり、「今、私たちが生きていられるのは多くの方の犠牲の上に成り立っていて、その方々に敬意を表する」という気持ちを忘れてはいけないということではないでしょうか?

追伸 今は夜中の2時過ぎですが、オリンピックのサッカーの女子代表が見事に格上のスウェーデンに1対0で勝ちました。嬉しいですね・・!

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